データから何か言うには他人が納得できうる客観性とストーリーあるサマライズが必要

この1週間はかなりぐったり疲れた。いろんなタイプのことをいくつも同時にやったら疲れる上に1つ1つに手を抜いて、本当に必要なものだけしかしなくなるなと改めておもった。まあそれが逆にそれがちょうどいい場合もあるけど。

いくつかある疲れることのうちで今週の肝だったのはデータ解析をしてその結果に基づいてリニューアルをどういう方向にするかの提案をすること。結果としてはまあ一通りの人達が納得できる妥協点に落とし込めれたかなという感じ。
すでに半年くらい別の担当がやっていた話だったので後から入ってそのスレッドに追いつくのにまずぐったりな上に各人が一部だけをサンプリングして勝手な意見をいいまくる発散状態。主観、意図、手間、温情、制約条件、過去の流れ、そんなことを過度に考えすぎててそもそもの目的がなんかずれてたり、考えを中断していた。
そういう意味では後から入ってよかったのかも。

こういう場合は、目的や制約条件をきちんと整理し、その上でデータに対してピュアに向かい合い、バイアスのないinsightを抜き出し、それを各種条件と比較して、落とし込んでいくのが筋なのに。

データはいかようにも扱えるけど意味のあるinsightを抜き出き、理路整然としたストーリーとしてまとめあげるのはなんというか能力だよね。前にも書いたけどそういうことデータアナリシスというもののあり方を認知して、実施する方法論ってほんと重要。

大学だと論文作成の過程での実地で学ぶのかもしれないけど、方法論自体は体系的に把握してないのか、こういうことを考える人って意外と少ない。

逆に俺がTOR、BOSCARの教育を受けたからなのかも。ありがとう新人教育を施してくれた某社。